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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)4775号 判決

原告 コニー株式会社

右代表者代表取締役 徳永義夫

右訴訟代理人弁護士 荒木孝壬

被告 東邦自動車株式会社

右代表者代表取締役 澁沢善七

右訴訟代理人弁護士 岡部勇二

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

一  原告

(主位的請求)

被告は、原告に対し、金七四三万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年五月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言

(予備的請求)

被告は、原告に対し、金七四三万六〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言

二  被告

(本案前の申立て)

主文と同旨

(本案についての申立て)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  請求原因

1  (被保全債権)

(一) 株式会社蒲田モータース(以下、蒲田モータースという。)は、昭和五三年一二月一三日、池本自動車工業所からフェラリ・ディトナ一台を、代金一〇六〇万円、登録税等の諸費用五七万二五〇〇円、合計一一一七万二五〇〇円を支払う約のもとに買い受けた。

(二) 蒲田モータースは、原告に対し、蒲田モータースの池本自動車工業所に対する右(一)の債務を弁済することを委託し、原告は、前同日、これを承諾した。

(三) 原告は、本訴提起前に、池本自動車工業所に対し、(一)の残債務八〇〇万円を弁済した。

(四) 中村忠義は、昭和五三年一二月一三日、原告に対し、蒲田モータースが右(二)の契約に基づいて原告に負担すべき費用償還債務を保証した。

2  (被代位債権)

中村は、昭和五四年一二月二五日、被告に対し、別紙目録記載の土地建物(以下、本件土地建物という。)を代金一億円で売り渡した。

3  (債務者の無資力)

中村は、原告に対し前記14(三)(四)の保証債務八〇〇万円を弁済する資力を有しない。

4  (被代位債権の仮定主張)

(一) 中村は、被告に対し、昭和五四年一二月下旬頃、金一九〇一万四七四〇円を、弁済期昭和五七年六月二三日、利息年一割の約定で貸し渡した。

(二) 中村は本件土地建物を所有していた。

(三) 中村と被告は、昭和五四年一二月二三日、右(一)の債務の支払を担保することを目的として、次の合意をした。

(ア) 本件土地建物の所有権を被告に移転し、所有権移転登記をする。

(イ) 中村が弁済期に元利金を被告に支払わないとき、本件土地建物の所有権は被告に確定的に帰属する。

この場合、清算のための本件土地建物の評価額を一億二〇〇〇万円とし、右清算金額の範囲内で、被告は、前記(一)の債務の元利金を清算するとともに、本件土地建物に存する第三者の担保権つき債務についても被告が弁済の責に任ずる。

(四) 昭和五七年六月二三日を経過した。

よって、中村に代位して、被告に対し、主位的に、売買契約に基づき売買代金のうち七四三万六〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日昭和五五年五月一八日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に、譲渡担保契約に基づく清算金として七四三万六〇〇〇円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1につき、(三)の事実は否認し、(一)(二)(四)の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

4  同4につき、(二)の事実は認めるが、(一)(三)の事実は否認する。

三  被告の抗弁

1  (買戻し―請求原因2に対し)

(一) 中村及び被告は、請求原因2の売買契約の際、中村に買戻権を付与する旨を合意した。

(二) 熊木正は、昭和五七年五月一〇日、被告に対し、本件土地建物を買い戻す旨の意思表示をした。その際、熊木は、中村のためにすることを示した。

(三) 中村は、右(二)に先だち、熊木に対し、右買戻しについての中村の代理権を授与した。

2  (代金支払方法及び期限の合意―請求原因2、4に対し)

(一) 請求原因2の売買契約の際、中村及び被告は、売買代金の決済方法として次の内容の合意をした。

(ア) 被告は、売買代金債務の支払に代えて、本件土地建物に付されている抵当権の被担保債務を弁済する。

(イ) 被告が右(ア)の被担保債務をすべて弁済したとき、その弁済額及び被告が中村に対して有する一五五〇万円の貸金債権の元利金との合計額が売買代金額に不足するときは、その不足額を中村に支払い、合計額が売買代金額を超過するときはその超過額を中村から被告に支払う。

(ウ) 右不足額が生ずる見込みが確実なとき、中村及び被告の合意により、右不足額の範囲内で代金の一部を支払うことができる。

(二) 右(ア)の抵当つき債務等として別表記載のものが存在する。

(三) 前記(一)(イ)の被告の債権は元金一五五〇万円及びこれに対する年一割の割合による二年六か月分の利息金三八七万五〇〇〇円となった。

3  (一部弁済―請求原因2に対する一部抗弁)

被告は、昭和五四年一二月二五日から同月三〇日までの間に、中村に対し、本件売買代金債務の弁済として五八〇万円を支払った。

4  (裁判上の和解による消滅―請求原因2、4に対し)

(一) 中村と被告との間には、本件土地建物の売買契約の存否及びその所有権の帰属について争いがあった。

(二) 中村は、東京地方裁判所昭和五五年(ワ)第一〇二八三号所有権移転登記抹消登記手続請求事件及び同昭和五六年(ワ)第八四七七号売買代金請求反訴事件において、昭和五七年一一月五日、被告との間で、互譲を目的として次の内容の裁判上の和解をした。

(ア) 被告は、中村に対し、中村が本件土地建物を所有していることを認め、昭和五七年一二月二五日限り、中村から(イ)の三五〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、本件土地建物について錯誤を原因として所有権移転登記の抹消登記手続をする。

(イ) 中村は、被告に対し、本件和解金三五〇〇万円の支払義務のあることを認め、昭和五七年一二月二五日限り、被告から(ア)の登記手続を受けるのと引換えに、これを支払う。

(ウ) 中村はその余の本訴請求を、被告は反訴請求を放棄する。

(エ) 中村及び被告は、本件に関し、本和解条項に定めるほか他に債権債務のないことを相互に確認する。

5  (売買代金支払に代わる本件土地建物の取戻し)

右4の和解に基づき、中村は、昭和五八年二月二六日、被告に三五〇〇万円を支払い、被告は、中村から被告に対する所有権移転登記を錯誤を原因として抹消し、登記名義は中村に回復された。

四  抗弁に対する原告の認否

1  抗弁2の(一)の事実は認める。

同(二)の事実につき、(1)は一七五万三八六三円、(2)は一七〇万八一七二円、(3)は二〇〇〇万円、(4)は一〇〇〇万円、(5)は二〇〇〇万円、(6)は不存在、(7)は四〇〇万円、(8)は不存在であり、ほかに、(9)大田都税事務所の差押一九四万一八五〇円、(10)大田区の差押四四万五三四〇円がある。以上の合計は七九二二万四二二五円である。

同(三)の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

3  同4の事実は認める。

4  同5の事実は認める。

五  再抗弁

1  (買戻代金を提供すべき買戻期間の経過―抗弁1に対する被告の不利益陳述)

(一) 中村及び被告は、本件買戻特約において、買戻期間を二年六か月とすることを合意した。

(二) 本件売買契約の日から満二年六か月の昭和五七年六月二五日が経過した。

2  (債務者の処分権喪失―抗弁1、4に対し)

中村は、昭和五六年六月二六日頃までに、原告の本訴債権者代位権行使の事実を知った。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すれば、請求原因1の(一)ないし(四)の各事実を認めることができる。

二  請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

なお、右自白の成否について付言するに、被告は、本件において、被告と中村との間の契約が買戻特約つき売買契約であると主張するとともに、買戻特約つき売買とは譲渡担保にほかならないとの法的見解のもとに、被告と中村との間の契約が譲渡担保契約であるとも主張し、更に、被告が中村に対して支払うべき一億円の売買代金債務を負担した事実がないとも主張しているのであるが、買戻特約つき売買は、売買契約に買戻しの特約が付加されたものであって、目的物の所有権取得を目的とし、所有権を取得しない自由をもたないのに対し、譲渡担保契約は、(根譲渡担保の場合は別として)当事者間に既存の債権債務関係が存在することが前提となり、かつその債務の弁済を確保することを目的とする契約で、担保権者は担保権を行使すると否との自由を有し、目的物の所有権を取得する義務を負わないのであって、両者は法律上別のものである。そして、被告が本件土地建物所有権の取得を意図して右の意味における売買契約の成立を主張してきたことは、本件口頭弁論の全趣旨によって明らかであり、中村に対し支払うべき一億円の売買代金債務を被告が負担した事実がないとの主張も、売買代金は本件土地建物に付着する各債権者の根抵当権の被担保債権の弁済に充てられるほか、被告が本件売買契約と前後して中村のために支出した金銭との清算にもよって、一億円の売買代金を現実に中村に支払うべき筋合いにはないとの趣旨を述べるにすぎないことも弁論の全趣旨上明白である。

したがって、被告と中村との間の本件土地建物売買契約の成立については自由が成立するというべきである。

三  (本件土地建物の取戻し)

抗弁4、5の各事実は当事者間に争いがない。

そうすると中村と被告との間に本件土地建物を中村に返還する内容の裁判上の和解が成立し、被告への所有権移転登記が抹消されて所有名義が中村に戻った以上、中村の被告に対する本件土地建物売買代金請求権の代位行使を目的とする原告の本訴主位的請求はその基礎を失ったものというべきである。

この点につき、原告は、抗弁4に対する再抗弁として、再抗弁2の事実を主張し、被告はこの事実を明らかに争わない。そして、債権者代位権が行使され、このことを債務者が知ると、債務者の被代位債権に対する処分権は拘束を受け、処分をしてもその結果をもって代位債権者に対抗することができないのであるところ、本件土地建物の売買契約が当初から両者間に成立しなかったことを前提として本件土地建物の所有名義を和解金三五〇〇万円と引換えに中村に返還することを約し、他に両者間に債権債務のないことを確認した右裁判上の和解は、中村の被告に対する本件売買代金債権消滅の効果をもつから、被告は、再抗弁2の事実が存在する以上、抗弁5の事実をもって原告に対抗できないかにみえる。

しかしながら、債権者代位権は、債務者の一般財産を増加させる目的のために存在し、代位債権者に対し、被代位債権又はその目的物について、仮処分債権者のように優先的満足を受ける立場を保障したり、仮差押債権者のように被差押物を現状のまま保全して将来の本執行に備えさせたりするものではなく、代位行使の目的たる金銭債権が第三債務者の債務者に対する任意弁済により消滅しても、それは債務者の有する金銭の増加という点で代位行使の目的にそうものであるから、被代位債権を第三債務者が債務者に弁済する行為は、代位債権者に対する関係でも有効とされるのである。

本件においては、代位行使されたのは中村の本件土地建物についての売買代金債権であるのに対し、裁判上の和解の結果として中村に回復されたのは本件土地建物所有権とその登記であって、売買代金債務の弁済としての金銭ではないから、被代位債権そのものの満足ではない。しかし、本件売買代金債権は本件土地建物所有権が姿を変えたものであり、両者の経済的価値は同一であるから、本件土地建物所有権が中村に回復されるということは、本件売買代金債権の弁済を受けるのと同一の資産状態が実現されることにほかならない。このように考えると、債権者代位による売買代金請求訴訟が係属し、債務者がこれを知ったのちに、右売買契約を合意により解除し、又はこれと同様の効果をもつ和解をした場合、右解除又は和解による売買代金債権の消滅はこれを本案についての消滅の抗弁として代位債権者に対抗し得ないものの、解除又は和解による原状回復が実行されたときは、代位権の目的到達による消滅として訴訟要件についての抗弁とすることができるものというべきであり、この意味で、本訴主位的請求は訴訟要件を欠くに至ったものというべきなのである。

そして、この理は、本訴予備的請求にも妥当する。

四  右に述べた資産の回復と債務者の無資力なる要件との関係について付言すると、無資力の要件は、代位訴訟の口頭弁論終結時に存在することを要するとともにこれをもって足りるのであるが、代位権の目的到達による消滅は訴訟要件についての絶対的な抗弁事由であって、無資力要件とは関係がない。ひとたび回復された資産も、その後債務者が処分をすれば失われることになるが、これによる一般財産の減少は詐害行為取消権の対象となり、あるいは処分と引換えに取得された債権の代位行使の問題となり得るにすぎず、それらの請求は、請求の基礎を異にするというべきである。

五  以上の理由で、本訴請求は不適法となったものであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲守孝夫)

〈以下省略〉

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